ワルハラから遠く離れたユーラクの沿岸に、『イジドール』と呼ばれる町がある。

 イジドールとはこの地に古くから住む人々の言葉で、モザイク、という意味だ。

 イジドールの民は古より、モザイクの幾何学模様に神が宿ると信じ、あらゆる物にモザイクを施してきた。 王は王宮を宝石のモザイクで覆い、民は家を貝殻のモザイクで覆った。

 数十年前、それらを見たムジカが美しさに感嘆し、町全体をモザイクで覆うよう命じた。 彼の庇護の下、イジドールは栄え、やがて、町は一部の隙もなくモザイクに包まれた。

 今や、イジドールはその名の通り、家の外も、中も、道も、公園のベンチや、街灯や、軒先の植木鉢まで、全てがモザイクに覆われている。
 色とりどりの陶器、ガラス、貝殻に、磨いた木片。黒耀石と水晶と雲母、本物の宝石。 細かく砕かれたそれらが緻密に組み合わさり、美しい模様を描き、町全体が巨大な幾何学模様となっている。

 その様子は、まるで別次元の宇宙のように神秘的だ。
 特に朝は、美しい。
 東の海から昇る朝日が町を照らす時、イジドールはキラキラと輝く。 それを遠目から見た人々の胸には、太古の眠りから目覚める竜を見た時のような、敬虔な気持ちが湧き上がるのだった。

 そんなイジドールの黄金の光景の中を、キャップを目深にかぶった少年が、走っていく。

 少年の向かう先は、港だ。
 港は、朝の漁から帰ってきたばかりの漁船で賑わっている。少年が肩で息をしながら立ち止まると、一艘の漁船から声が上がった。

「ユーリ!」

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