ユーリは少しキャップのつばを持ち上げ、船の前で大きく手を振る漁師の姿を見つけると、陸揚げされた魚を踏まないように気をつけながら、彼の元へ走り寄った。

「っあ〜、今朝は、寝坊しちゃって……」

唇の上の汗をぬぐいながらユーリが言うと、真っ黒に日焼けした漁師はニッと笑い、何やら袋を差し出した。受け取ったユーリは、中に四匹の魚が入っているのを見て、目を丸くした。

「え…… これ、取っといてくれたのか?」

漁師はイジドール語で何か言い、潮と魚の匂いがする腕で、勢いよくユーリの背中を叩いた。

 ユーリは思わず咳き込み、そして、笑った。

「……ありがとう」

 ずっしり重い魚の袋を握りしめると、ユーリは、アジトへ向かって走り出した。

 太陽が昇ってまだ一時間も経たないのに、すでに気温は30度以上あるだろうか。照りつける日差しが首筋をジリジリと焼き、道のモザイクが太陽の光を乱反射する。

 あまり人通りのない、民家に囲まれた、うねうねとくねる道を走っていくと、やがて巨大な岩窟が現れる。

 かつてイジドール王の住まいであったこの岩窟は、色ガラスのモザイクに覆われた岩肌に、上から下まで、計百以上の穴が開いている。 穴一つ一つが王宮の部屋だったのだが、今はそこに鉄の扉が嵌められ、アパートのように使われている。

 ユーリは岩窟を回っていき、陰にひっそりとある一枚の扉を開け、中へ入っていった。

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