ミトは振り向いた。

 貴族のサロンのようだった執務室は、今や装飾品のほとんどが売り払われている。 それでも豪華な絨毯は残っており、その扉口に、制服を着た男が一人、立っていた。

 軍服でも警官服でもない洒落たデザインの制服で、胸には十字型のバッジが鈍く光っている。 顔は極めて蒼白く、まるで蝋人形のような肌。高い鼻の下に刈り込んだ口髭を蓄えているが、年齢は不詳だ。
 腕を後ろで組み、直立不動の姿勢で立っていたが、その姿にはどこか、傲岸不遜なものが感じられた。

「そうでもないよ」

 とミトは彼に答えた。

「皆、マスコミに煽られて、一時的に騒いでいるだけだ。 少し冷静に考えれば、『人間農場』というシステムが一般市民にとって最善であること、 だからこそ今まで誰も何も言わなかったことを思い出すさ」

 男は肩をすくめた。

「呼ばれたのでこうして参上つかまつりましたが、時機を改めた方がよろしいですかな」

「いいや。こちらの用件はすぐ終わる。遠辺(トーベ)、君を呼んだのは、聞きたいことがあったからだ」

 執務室の机の向こうから、ミトは青い瞳で、まっすぐトーベを見た。

「トーベ。僕がユーラク領主代理に就任して、一ヶ月以上が経った。 その間に、君の率いる秘密警察が不審な動きを見せていると言う報告が、軍から何回か入っている」

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