ルツが怒っている。
 彼女が怒るのは、そう珍しいことではない。電気料金の値上げに怒り、庭の花を台無しにする野良猫に怒り、 裏の川にゴミを捨てる人間に怒っている。レインもマリサと一緒に何度も怒られているので、もはやちょっと怒っているくらいでは、 動じない。

 しかし今回のルツの怒りっぷりは、激しかった。丸めた新聞を握り、ぶんぶん振り回している。何やら憤慨して言っているが、 レインにはその内容が分からない。ルツの父と共に屋上に避難していると、マリサがぴょこんと頭を出した。

「お母さん、新聞に怒ってるみたいだよ! 今、新聞社に電話かけてる」

そう報告すると、マリサはすぐに屋内へ消えた。

 レインはチラリと老人を見た。老人は相変わらず、虚空を見つめてぶつぶつ呟いていた。

「……これまでのグールでは…… 人間の為の政治を……」

 レインは屋上の手すりに寄りかかり、外を眺めた。
 夏休みの住宅街は、いつもより子供の声が多くて賑やかだ。しかし今日は、少し賑やか過ぎる気がする。 騒がしいのは、好きではない。特にこんな、沢山の車のタイヤの音や、興奮した大人たちの声は。

「あのニルノって人を出せって、言ってるよ!」

 再び上がってきたマリサは報告すると、レインの隣に立って爪先立ちし、住宅街を見下ろした。

「何? あの車。いっぱいこっち来るね」

 と、ばたばたとルツが屋上に上がってくる音がした。

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