部屋の中に入った途端、ユーリの汗はすっと引いていった。

 岩をくり貫いて作られた部屋だから涼しいのは勿論なのだが、それ以上に、寒気を感じさせるものが、この部屋にはある。

 それは、窓のない長方形の空間を埋め尽くした、玉虫のモザイクだった。大小一万以上の、光沢のある玉虫が作り出す幾何学模様。 まるで竜の鱗のように、見る位置によって、金、緑、紫、黒などが、複雑に煌めいては消える。

 この部屋は元は牢屋だった、とユーリは聞いている。玉虫には特別な魔力があると信じられており、罪人の罪を外へ逃がさない為に貼られたのだとか。
 きっとそれは真実だ。この部屋に渦巻くものは、ここに閉じ込められた何人もの囚人たちの、悪夢に違いない。

 床は色褪せた敷布で覆われ、隅にはかまどが置いてある。ユーリはかまどの前に座ると、近くにあったまな板を引き寄せ、その上に魚を置いた。

「……間に合ったの?」

 部屋の隅から声がし、ユーリは振り向いた。

 部屋に一つしかない石のベッドの上に、イオキが膝を抱えて座っていた。

 イオキは、半袖のシャツの上に、イジドールの民族衣装である、ゆったりとした緋色の布を半身にかけていた。 肌も髪も手入れされ、ワルハラにいた頃に比べると、見違えるように美しくなっている。
 しかし、ビーズで刺繍された裾から覗く裸足のくるぶしには、足枷がはまり、重い鎖が、ベッドと足枷を繋いでいた。

「何とか」

 とぶっきらぼうにユーリは答え、魚に包丁を入れた。

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