それを見たユーリの脳内には、否が応でも、仙堂薬店の女主人の言葉が浮かぶ。

 緩慢な自殺。

 ユーリは頭を振って、その不吉な言葉を振り払った。

「呂毘太(ロビタ)」

 食事が終わると、ザネリは骸骨男を呼びつけ、何やら囁いた。ロビタがしたり顔で頷くと、ザネリはズボンのパンくずを払い落とし、新聞を持って立ち上がった。 扉を開けてアジトを出ていくザネリの背中を、ユーリは空になった皿を持ったまま、じっと見つめた。

「なにぼーっとしてんだ」

ロビタが怒鳴る。

「さっさと、さら洗いとせんたくしろ」

 ユーリは逆らわず、ようやく食べ終わったイオキの皿を回収すると、汚れた包丁やまな板、それに洗濯物と一緒に腕に抱え、外に出た。 外に出た途端汗が噴き出すのを感じながら、ユーリは公衆の水場へ向かった。

 全てがモザイクで覆われた町で水場も勿論例外ではなく、地下水を汲み上げる魚の形のポンプは、白い貝殻で覆われている。 色とりどりのスカーフで髪の毛を覆った近所の女たちが、ポンプの周りでお喋りしている。

 毎朝のことながら、ユーリは気まずい思いで女たちの間に入っていった。女たちはユーリを見ると、笑って何か言った。 共通語でないので、何と言ったかは分からないが、ユーリが汚れ物を下に置こうとすると、場所を空けてくれる。

 ポンプを押すと、冷たい水が魚の口から迸る。
 ユーリは半分水をかぶるようにポンプの足元にしゃがみ、海綿に石鹸をこすりつけた。

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