イオキが目を開けると、キリエが赤い瞳で、じっとこちらを見下ろしていた。

「お腹、空いた」

 イオキがか細い声で訴えると、キリエは言った。

「では、そろそろ屋敷に帰りましょう」

 イオキは頷くと、キリエの手を取って歩き出した。

 イオキはギンガムチェックの麻の服に、麦藁帽子をかぶっていた。背は今より、ずっと低い。キリエはいつものメイド服だ。 二人は手をつなぎ、森の小道を、屋敷に向かって歩いていった。

 夏の夕暮れの森は、紫色の空に染まって、美しかった。涼しい夕の風が木々を通り抜ける。 鳥はねぐらに帰り、夜行性の小動物たちは目覚め始める。白い月に向かって、蝙蝠が飛ぶ。

「あ、キリエ、見て。すごく綺麗な花」

 道の途中で美しい白い花を見つけ、イオキは立ち止まった。朝顔に似ているが、ずっと大輪で純白のその花は、 薄暗い森の中で、幻想的に輝くようだった。花を一瞥して、キリエは言った。

「夕顔ですね」

「夕顔?」

「夕方に咲いて、朝にしぼむ花です。だから、花言葉は『夜』とか『儚い恋』と言います。 秋には大きな実をつけますが、毒があります」

ほう、とイオキは息を吐くと、花を見つめたまま、呟いた。

「キリエみたいだね」

「はい?」

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