「ほら」

ユーリはイオキの元へやってくると、ぶっきらぼうに皿を差し出した。

 皿の中身はパエリヤだった。鮮やかな黄色のサフランライスに、海老と蛸、みじん切りのパセリが散らしてある。

 魚介類独特の臭みもない、サフランとパセリの爽やかな香りが、湯気と共に広がる。
 香りを嗅いだイオキは、思わず唾を飲んだ。

「初めてにはしては結構上手く作れたと思う」

温かい湯気の向こうで、ユーリは呟いた。

「だから、ちゃんと食えよ」

 イオキは上目遣いにユーリを見た。だが、帽子の下の瞳と目が合う前に、ユーリはかまどへ戻っていった。

 イオキはベッドの上に残されたパエリヤを見下ろした。
 何て美味しそうなのだろう。 ユーリが初めの頃作っていた物と言えば、生焼けか黒焦げの魚ばかりだったのに、 この出来栄えは、イオキの屋敷の料理人が作った物にも劣らない。
 イオキは四つん這いになって体を起こし、震える手を皿に伸ばした。

 と、突然、サフランライスの上の海老が、目の中に飛び込んできた。

 赤く曲がった体、長い髭、黒い目玉。湯気のせいで、蠢いて見える足。

 イオキの脳裏に、あの日の光景がフラッシュバックする。鉄条網と、漆黒の瞳、飛び散る血と、肉片。 そして屋敷で食べてきた、あらゆる肉料理の皿、赤い液体のグラスが。

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