同時に、我に返ったユーリが、イオキの腕を引っ掴んだ。 そのまま、呆然とするロビタを残し、戸口に転がっている若い男の死体を跳び越えた。

 外へ出た二人を包んだのは、青い闇夜だった。

 ユーリもイオキも初めて立つ、イジドールの夜の町だった。
 これだけの大騒ぎが起きていると言うのに、様子を見に出てきている者もない、いつもと同じ、静かな夜。

 二人は港に向かって駆けた。

 星の無い空に、獣の爪のような細い三日月一つが浮かんでいた。微かに吹く風に乗って、潮の香りがした。 等間隔で並ぶ街灯が、周囲の地面の、家の壁のモザイクを照らしていた。

 モザイクに引き摺る鎖が、足首の傷をえぐる。久々の全力疾走で体は火照り、心臓は巡る血液で破裂しそうになる。

 とても周囲に注意を払う余裕などないが、それでも、自分たちが絵画の中を走っているような、 この世界が全て色とりどりのモザイクで出来ていて、三日月や自分達さえもその一部のような、奇妙に美しい感覚に捕らえられる。

 やがて港が見えた。
 たった一本の街灯が、岸をぎっしり埋める大小の船と、港の地面に描かれた巨大な魚のモザイクを照らしていた。
 もはや肺の中の空気は少なく、足もがくがくと震えていたが、それでも最後の力を振り絞り、ユーリは港に係留してあるボートの一隻に飛び込むと、 もやい綱を解き、護岸壁を蹴りつけた。錆だらけのボートはゆっくり岸を離れ、夜の海に漂い出した。

 ユーリは大きな息を吐いて、ボートの中に倒れ込んだ。

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