やった。

 とうとう逃げてやった。とうとう。

 逃げ切ったという実感も湧かず、喜びも湧いてこない。あるのはただ、全身の苦しさと、捕まったら殺されるという 恐怖のみ。
 それでもユーリは、星の無い夜空を見上げながら、思った。

 これで家に帰れるんだ。


 と、その顔を、誰かが覗きこんだ。

 長い睫毛に囲まれた、あまりにも美しい深い森の色の瞳が、今までに見たこともないほど妖しい光を放って、こちらを見下ろしていた。

 ユーリは凍りついた。

 頭の中に、ザネリと男との会話が蘇る。

 イオキはユーリの頭の方から、逆さに彼の顔を見つめていたが、やがてゆっくりと両手を上げた。

 鮮血に染まった指先。それを魅入られたように見つめる、爛々と輝く瞳。

「お前……」

冷たくなっていく唇で、ユーリは呟いた。

「グールなのか……?」

 ユーリを見下ろすと、イオキはゆっくりと頷いた。
 その背後には、細い三日月が、獣の牙のように輝いていた。


 イオキの赤い唇が開いた。白い犬歯が、鋭く光った。


「……お腹、空いた……」

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