白く光る犬歯、正気を失った緑の瞳。

 そして、真っ赤に染まった己の左手。

 それは、トンネルの壁に触れ、赤錆がついただけなのだと、レインには分かっていた。分かっていたが、止められなかった。 悲鳴を上げているのは、使骸の左手を着けた現在の自分ではない、遠い過去から手を伸ばしてくる別の自分だった。


『逃げて』

 泣きながら、イオキが叫ぶ。

『逃げて!』


 レインは左手を伸ばす。手首から先が無い、左手を。

 泣かなくたって、いいんだ、とレインは叫ぼうとした。泣かなくたっていいんだ。あのまま俺は、お前に、全身食べられたってよかったんだ、 と。


「レイン!」

 ルツに抱きしめられ、レインははっと我に返った。

 祖父に背中を抱かれたマリサが、耳を塞いでいた。ニルノが驚いた顔で、こちらを見つめていた。 ルツの菫色の瞳が、間近からレインの顔を覗きこんだ。

「大丈夫よ、レイン、ほら」

ルツはハンカチを取り出し、レインの左手をこすった。特殊合皮の表面は、すぐに綺麗になった。

「ね?」

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