レインはしばらく、放心したように左手を見つめていたが、やがて、ぎくしゃくとした動きで、ルツから離れた。 マリサのところへ行き、レインはおずおずとその背中に手を置いた。祖父の足にしがみついていたマリサは、涙目で振り向いた。

「大丈夫?」

レインは頷いた。

 本当は、大丈夫ではなかった。膝はまだ少し震えていたし、何千という羽虫に頭蓋骨を齧りとられるように、頭はわんわん鳴っていた。 けれど、マリサの方がよっぽど怖い思いをしたはずだ。いきなり、あんな風に叫ばれて。

 何故、あんな叫び声が出てきたのだろう? あの、家を取り囲んだ人々の喧騒が、耳の中で鳴り止まず、 それが左手についた赤錆を見た瞬間、爆発したような感じだった。

 駄目だ。
 レインは心の中で呟いた。
 こんなんじゃ、駄目だ。こんな、わけも分からず、周囲の人間を振り回してばかりでは。

「レイン、本当に大丈夫? 大丈夫なら、そろそろ行くけど」

 ルツが足元のボストンバッグを持ち上げようとするのを見たレインは、急いで駆け戻り、はっしとその取っ手を掴んだ。 驚いた顔をするルツの前で、バッグを持ち上げようとして、その重さに思わずよろめく。それを見て、ニルノが笑った。

「君にはまだちょっと重いかな? ……って、重ぉっ!」

 レインからバッグを取り上げた途端、ニルノは取り落としそうになったが、それでも何とか肩に提げ、続いて、 もう一つのボストンバッグも持ち上げた。

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