足首につけられた、鎖が重い。
 イオキはベッドに横たわったまま足首を引き寄せ、そこの具合を調べた。足首には赤い跡がついていた。

 こうして皮膚に傷がつくと、ラベンダーの香りのするクリームで、キリエによくマッサージしてもらったのを、思い出す。
 イオキは赤くなった部分を、そっと指で押してみた。痛みも触られた感じもない。まるで、悪戯に粘土に指紋をつけているようだ。

 イオキは長い息を吐き出し、力なく手を落とした。

 朝、無理矢理食べさせられた魚が、胃の中でどろどろに腐っていく。 腐臭は底から這い上がってきて、鼻腔をつき、全身を吐き気に変えていく。
 思いっきり吐きたい。己の胃に入っている物も、血も肉も全て吐き出し、透明な入れ物だけが残るまで。
 けれど、その力もない。意識も朦朧として、何も考えられない。

 力なく開かれた目蓋に、無数の玉虫の羽が渦巻く。壁と天井を埋め尽くした極彩色の悪夢は、中に閉じ込めた囚人を決して逃さず、 常にその罪を告発する。


 イオキは静かに目を閉じた。

 優しい手が、閉じた目蓋にそっと重なった。

「眠りなさい」

 と優雅な獣の声が、囁く。

「眠って、何もかも忘れてしまいなさい」

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