子羊をマッサージする手を休めることなく、セムは、苛立った声を上げた。 「人間の役に立つ為に、家畜ってのは存在してるんだ。役に立たなきゃ、存在してる意味がない。 そんな奴を助けてやりたいと思ったって、一体どこに連れてきゃいいんだ? お前だって同じだ。家畜のお前が、人間の世界に居場所なんて、あるわけないだろ」 レインは黙っていた。 確かにそうだ、と思った。 ルツやマリサと暮らすのは楽しい。けれど、人間の中で暮らすのは、どこか違和感がある。周りを見れば、人間ばかりいて、 自分もその一員であることに対する、違和感。 それは『人間農場』を脱走してから、ずっと、朧げに感じてきていたことではあった。 それが、エッダの農場にやってきて、はっきりと表面化した。 レインは、自分が、人間の悲しみや怒りに共感し難いことを、すでに知っていた。ルツが怒ったりマリサが泣いたり、本や新聞で 見知らぬ人間の感動的なエピソードを聞いたりすれば、彼女や彼らがどういう気持ちでいるのか、想像出来る。 けれどその想像は、国語の問題で「この場面の人物の心情を考えなさい」と言われ、問題用紙の外から想像しているようなものだった。 自分が実際に、そういう悲しみや怒りを持っているのかと言われれば、それはひどく心許ない。 しかし牛や羊相手なら、ずっと自然に、何も考えることなく、感覚的に、彼らの気持ちを想像出来る。 森の奥から聞こえてくる歌声に、己の歌声を重ねるように。 -------------------------------------------------- |