もう九月か、と上がってきたゲラ刷りの日付を見て、今更ながらニルノは驚いた。何せニルノの所属する生活部は、 窓もクーラーもない小さな部屋で、扇風機を机に置き、原稿に汗を垂らしながら仕事をしているのだ。仕事も、 九月の記事を八月に書いたりするので、季節感もへったくれもない。気がつけば部屋のカレンダーは、まだ八月のままだ。

 そう言えば、先月の給料をまだ確認していないし、ボーナスもまだ使っていない。八月はまるで休みが取れなかったから、九月か十月に 遅い夏休みを取って、アイと旅行にでも行きたいなあ…… ゲラをチェックしながら、ニルノはぼんやりと思った。

 けれど今は、生活部から社会部に異動出来るか、節目の時だ。この前飛び入りで書いた『人間農場』の記事は、大きな反響を呼び、 政府がコメントを出すまでの騒ぎになった。このことを評価され、ようやく社会部から声がかかった。 ここで一つ、もう一度手応えのある記事が書ければ、正式に社会部へ異動出来るはずだ。そうすれば「旬の野菜の美味しい食べ方」だの 「子供を犯罪から守る最新グッズ」だのから解放され、もっと自分が書きたい記事が書けるようになる。

 よし、もうしばらくの辛抱だ! と決意した瞬間、デスクの電話が鳴った。

「はい、生活部ニルノ」

 そう言って相手の声が聞こえた途端、ニルノはぎゃっと声を上げた。

『ぎゃっとは何だよ、ぎゃっとは』

電話の向こうからタキオの声が聞こえた。

『化け物に会った時みてーな声出すんじゃねーよ』

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