ルームサービスの代金を置き、そそくさと部屋を出て行こうとするニルノを、オリザは黙って眺めていた。

 と、部屋の扉を開けようとする寸前、ロミが「あの」と彼女の方を振り返った。
 一瞬の躊躇の後、ロミはオリザの瞳を見つめて、言った。

「助けてくれて、ありがとう。この船は、港には着きません。だからその前に、『ネリダ博士の研究レポート』を……」

 オリザは黙って、ロミを見つめた。表情すらも使骸で作られたかのような顔からは、何を考えているのか、まるで分からなかった。

 やがてオリザは、静かに頷いた。

「分かった」

 部屋の扉の向こうに、その姿は消える。

 廊下に出ると、ニルノは小声で怒った。

「何言ってるんだよ! あれじゃあ、計画をばらしたも同然じゃないか!」

 ロミはうつむき、弁解しなかった。反抗的とも取れる表情で、すたすたと前を歩いていく。ニルノは大きな息を吐いたが、それ以上は 何も言わず、彼女の後について歩き出した。

 今にもエイト・フィールドが現れ、自分たちを撃ち殺すのではないかと、ニルノは内心怯えていたが、ロミは昨日からタキオを探して 出歩いていたせいか、堂々とした足取りだった。
 赤いカーペットが敷かれた一等客室の廊下を歩いていくと、まさに一晩数十万の部屋に 泊まるに相応しい身なりの人々と、何人もすれ違う。皆、後は残された時間で豪華な船旅を満喫するばかりと、写真を撮ったり、 楽しげに談笑したりしている。

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