どこかの社長令嬢だろうか。ブランド物のドレスを着た若い女の方が、片手に酒の入ったカクテルの入ったグラスを持ち、 もう片方の手で口を覆って、笑い転げている。恐らく、彼女の吐き出した種が、頭に当たったのだろう。
 タキオはむっとしたが、相手はまあ美人だし、こんなことで腹を立てるのも 大人気ない。黙って種を投げ捨て、立ち去ろうとして、タキオは立ち止まった。

 タキオの視線は、女ではなく、その隣にいる若い男に吸い寄せられていた。

 極楽鳥がプリントされた派手なシャツに、深めに開けた襟元に光る、シルバーのネックレス。細身のパンツ。一歩間違えれば どこぞのチンピラのようだが、彼が纏うと、まるでモデルのように見えるから不思議だ。端正な顔立ちに、長めの髪の間から赤いピアスが覗いている。
 あの印象的な外見は見間違えるはずもない。アスナの首を巡る混乱の最中出会った、あの青年ではないか。

 青年は女と腕を組んだまま、こちらを見下ろしていたが、タキオと目が合うと微笑んだ。

「お前……」

 とタキオが呟くより早く、女が青年の腕を引っ張る。青年はタキオから目を逸らして頷くと、不意に唇を尖らせた。 タキオが訝しげに見守る目の前で、ぷっ、とその唇から、さくらんぼの種が飛ぶ。

「すごい!」

女は手を叩いて喜ぶ。タキオは呆れて、飛んでいく種を目で追った。種は見事な放物線を描き、タキオのいるデッキテラスを軽々越え、 遥か下方の甲板に落ちていった。タキオと同じように頭に当たったのか、甲板にいた男が一人、頭をさすりながらきょろきょろと辺りを 見回す。

 タキオが振り向くと、屋上のカップルの姿は消えていた。

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