タキオは最下階でエレベーターを降りると、船尾に向かって二等客室、三等客室とさらに下っていった。
 一流ホテルの最上階を思わせる内装の一等客室に比べると、狭い通路の両脇に扉がずらりと並ぶだけの三等客室は、あまりにも 殺風景だった。エンジンの音もひどい。それでも、当の機関部よりはずっとマシだ。

 三等客室から、船員しか通れない通路を抜け、機関部の扉を開けると、吼える竜の腹の中にいるような轟音、そして熱気が、タキオを包んだ。

 全体に緑に塗られた空間のほとんどを、並んだ巨大な筒型エンジンが占める。そこから直結し、足元に横たわるプロペラ軸や、ずらりと並ぶシリンダーヘッド。 煙突がある頭上の空間は広いが、足元の方は、すれ違うのが困難なほど狭い場所もある。

 薄暗い室内に船員がいないのを確かめると、タキオは機械の間をゆっくり進んでいった。  しかし室内を一周して、二人がいないことを知ると、タキオはため息をついて立ち止まり、不意にエンジンの陰に身を寄せた。

 轟音の中で、慌てたように鉄板の床を踏む音が、微かに聞こえる。足音はそのまままっすぐこちらへ向かってきたが、 タキオの姿が見つからないと見るや、「出て来なさい」としゃがれ声で怒鳴った。

「君は、一体何者です」

 タキオは隠れている場所からそっと顔を出し、怒鳴っている人間を見下ろした。

 それはやはり、パントだった。パントは、自動小銃を構えた六人の黒服を従え、自身も、虚空に向かって拳銃を構えていた。人の良さそうな小さな目が、 憎々しげに歪んでいた。

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