斜めに照らす夕日の中で、アリオは不満げに唇を突き出していた。 その姿はまるきり子供のようだったが、全体に影になった中で、妙に目ばかりが大人びて光って見えた。

「お前がそんな世界の改革を望むなら」

 とオリザは、己の心臓に触れるようにそっと、ジャケットの上からノートに手をやって、言った。

「その為の力はここにある。お前がこれからも私たちに協力すると言うのなら、悪しき人間が死に、良い人間が生きる、 そういう世界も実現させてみせる」

 アリオは皮肉げに口元を歪めた。

「そんな、たかが一億で買える物なんかで、世界は変わるのかなあ」

 オリザは黙っていた。彼に反論することは勿論出来たが、今はそういう子供っぽい相手に、子供っぽい議論をしている場合ではなかった。 今のところ沈没の速度は遅いが、いつどんなきっかけで、船体が真っ二つに割れるか分からない。 一刻も早く救命ボートに乗り、安全を確保したいのは、他の乗客と同じだ。

 甲板へ這い上がってくる途中で見せた情けない泣き面はどこへやら、今は拗ねたような、倣岸不遜とも言える表情で甲板を眺めるアリオを 引っ張り、オリザは右舷へ向かった。

 子供や老人に先を譲り、二等航海士の支持に従って、大人しくボートに乗る順番を待つ。 その間、他の乗客たちの会話を耳に挟むことによって、これまでに至る大まかな経緯を知ることが出来た。

 どうやら最初の爆発はごく小規模で、エンジンを停止させただけだったらしい。そこで異常を確認しようとした機関部の船員たちが、 もっと大きな、船体に穴を開ける程の大きさの時限爆弾を発見した。経験豊かなユニコーン号の船長は、すぐさま機関部の船員たちに 退避を命じ、士官たちに救命ボートを下ろすよう指示した。恐らく、オリザたちが船倉で聞いたのが一度目の爆発、階段で聞いたのが二度目の爆発だったのだろう。

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