「止めて頂戴」

 カトリは鋭く言った。彼女はまっすぐクロードを見て、言った。

「誰もそんなこと、望んじゃいないわ。今回の沈没が、あなたに責任がないのは、分かってる。だから馬鹿な考えは止して、 一緒に来なさい」

「いいえ、奥様」

 深く深く皺の刻まれた、いかにも船乗りらしい日焼けした顔で、クロードはきっぱりと言った。

「乗客の一人でも船内に残っている限り、船長は船を離れるわけにはいかないのです」

 船員の一人が、泣き出した。泣きながら、彼は言われるままに、救命ボートに乗り込んだ。二等航海士が「私もお供します」と言ったが、 クロードは穏やかな表情で首を振った。

 全員がボートに乗ったのを確認すると、クロードは昇降機のスイッチを入れた。

 甲板に一人、老人を残したまま、二艘のボートはするすると海面へ下りていく。どんどん小さくなっていく彼の姿を、 ボートの上の目が見つめる。 老人はまっすぐ水平線を見つめていたが、やがて目を閉じ、何か呟いたようだった。

 オリザは唇の動きを読んだ。


『良い船旅を』


 ――こうして、午後五時十七分、ユニコーン号は轟音を立てながら、広間に閉じ込められたエイト・フィールド、船長イアゴ・クロードと共に、 落日が照らす海中深く、沈んでいった。

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