エッダの農場でレインが出産の危機を知らせた子羊は、その後、立ち上がれない状態から回復の兆しを見せず、処分された。

 新学期が始まるマリサと父親と共に、ルツが第二都市に帰る、その日のことだった。
 レインはエッダの元に残ることになった。近所の人間から家の様子を聞いたルツが、そう判断したのだった。

「お兄ちゃんが残るなら、私も残る」

 そう言ってマリサはわあわあ泣いたが、そういうわけにはいかないのだ、とルツは優しく諭した。

「せっかく自由研究を完成させたのに、学校に持っていかないつもり? 都会じゃ見られない星座をいっぱい見たんだもの。 きっと、先生にすごく褒めてもらえるわよ」

エッダの家の台所で、娘の洟をかんでやり、ルツは言った。

「それにレインとは、ほんのちょっと離れ離れになるだけよ。騒ぎも落ち着いたみたいだし、 後は家の周りをうろついてる怪しい奴がいなくなれば、レインも家に帰れるわ」

 彼女の隣で、駄々をこねるマリサを眺めながら、レインは泣かなかった。

 勿論悲しかったし、嫌だった。
 しかし同時に、心のどこかで、諦めのようなものがあった。ルツが必ず迎えに来てくれるつもりなのも 分かっていたが、それは、夢うつつに聞く葉ずれのようだった。

 まるで道に開いた穴に落ちるように、人々は消えてしまう。  ロミもタキオも、生まれたばかりの子羊も。レインには手の伸ばしようもない、遥か深い漆黒へ。

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