無垢な瞳だ。何も知らぬ目だ。

 生まれてすぐ親から離され、結局一度も親と寝ることはなく、乳を吸うこともなかった。 草原をはねることも出来ず、こうして今日、殺される。

 そしてその肉を、自分が食べる。

 今までもずっと、そうやって、色々な生き物を食べてきたのだ。

 トーストに乗った分厚いハム、ちぎったレタスに盛られた唐揚げ。肉ばかりではなく、 温かい酢飯に赤や白の刺身、黄色の卵を巻いた手巻き寿司、澄まし汁に餅とオクラを入れたうどん、 キウイと夏みかん、ホイップクリームを飾ったケーキ。

 自分が口にしてきたもの、血肉にしてきたもの、『人間農場』で与えられていた固形飼料ですら、源を辿れば、 かつてどこかで生きていたのだ。そしてきっとその多くが、自分と同じように、食べられる為に生まれ、育ったのだろう。


 それなのに、何故自分はこうして生きているのだろう? あの緑色の瞳をした少年は、何故泣きながら、食べるのを止めたのだろう?


 レインはじっと子羊を見つめた。

 今自分が肘を乗せている、この錆だらけの柵を開け、子羊を逃がすことは造作も無い。
 けれどその後は? 歩けない子羊を抱えて、何処へ行けばいいのだ?

 俺は行きたい。緑の瞳の少年が、解放してくれた先へ。
 俺には二本の足がある。言葉もある。屠殺され、摘み取られるのを待つだけの生き物たちとは違う。 立派に人間として―― 思うがままに種を撒き、刈りいれる者たちの仲間として、生きていくことが出来る。

 けれど、それが、本当に俺の望んでいることなのだろうか?

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