この子羊の身代わりになれるなら、とレインは思った。
 俺は喜んで身代わりになりたい。

 人間の為に生まれ、人間の為に死んでいく、この世の全ての生き物たち。彼らを助けることが出来るなら、 俺は、百ぺん火に焼かれたってかまわない。

 レインは柵の上から手を伸ばし、子羊の滑らかな体に触れた。
 子羊は首をひねり、レインの左手を舐めた。必死に舐めていた。 屠殺に備え胃を空にすべく、数日前から飼料を与えられていないのだ。どんなにか、腹が減っていることだろう。

 使骸の左手は熱を感じることが出来ない。 ただ、ぺろぺろとくすぐったいだけだ。それでも柔らかな熱が、透明な血液のように胸へ脈打っていき、 激しく溢れそうな何かをレインから押し出そうとする。

「お前、何でここにいるんだ」

 と、セムの声がした。

 レインは振り向いた。厩舎の入り口に、セムが、父親と一緒に立っていた。

 二人は一瞬、戸惑ったような表情を見せたが、すぐにそっくり同じ、不機嫌そうな表情を浮かべ、親羊を外に出し始めた。 セムが大股でこちらにやってきて、囲いに入り、子羊を抱え上げた。

「お前は厩舎の掃除してろ」

 レインが彼の後を追って厩舎を出ようすると、セムはぶっきらぼうにそう言った。しかしレインは戻らなかった。苛立った表情で セムが怒鳴りかけた時、牧場の柵を閉じた父親が振り向いた。

「好きにさせてやれ」

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