セムの肩に背負われた子羊に続いて、レインが厩舎の外に出ると、穏やかな陽光が辺りを照らしていた。

 夏の盛りに比べ、激しさは失ったが、深みはさらに増したように見える青空に、真っ白なうろこ雲が広がっていた。 家の裏へ続く砂利道で、向日葵が枯れていた。畑の茄子やトマトも、あらかた収穫されて、彩りも賑やかだった畑は、寂しげに見えた。

 ほんの少しだけ涼しさを感じる秋の風に、コンーポタージュの香りが混じる。家の台所で、エッダが朝食の為に、昨日の残りを温めているのだ。 ルツはマリサと老人を起こし、パジャマを脱がせ、リュックに詰めているだろう。そしてレインのベッドにきちんと畳まれて置かれたパジャマを 見て、彼が子羊の元に行ったことを知るだろう。

 レインは、初めて檻から出た時のことを思い出した。
 初めて知った空の青さと、大地の果てしない広さを。

 家の裏には、青いビニールシートが敷いてあった。縁を押さえているリヤカーの上には、大きなバケツや包丁、そして錆だらけの鉄パイプ が乗っている。セムがビニールシートの上に子羊を下ろすと、父親は子羊が暴れる暇を与えず、素早くタオルで 口と目を覆った。二人とも慣れた手つきだ。その動作にも表情にも、浮き足立ったところはまるでない。
 気配を察して集まってきた犬たちと共に、レインは少し離れたところから、彼らの様子を見つめた。

 セムが、鉄パイプを取ろうとした。それを制して、父親がパイプを手に取った。鉄パイプを手に提げた父親は、子羊の後ろに立つと、 大きく一度息を吐いた。

 目と口を塞がれた病気の子羊は、ビニールシートの上で、立ち上がろうともがいていた。

 子羊の後ろで、セムが、両手をぎゅっと握ったのを、レインは見た。毎朝毎晩、子羊をマッサージしてやっていた手を。


 それらを見た瞬間、それまで固く結ばれていたレインの唇が、不意に開いた。



 喉が震えた。体の中の空気が。しかしそれが舌の上で躊躇ったほんの一瞬、鉄パイプが柔らかい子羊の頭を叩き割る音が、農場中に響き渡った。

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