「変な言い方はよしてくれよ」

 苦い薬を口に含み、ニルノは顔をしかめた。アイはカモミールの香りのするお茶を飲みながら、笑った。

 その笑顔を見たニルノはふと、アイが怒っているのではないかと思った。

 テーブルの横の、マガジンラックに突っ込まれた旅行雑誌に目をやる。今年の春辺りから二人で読んで、ここに行ってみたい、 あそこに行ってみたいと、話し合っていた雑誌だ。
 あの頃は、楽しかった。最近は会う時間すらも減り、旅行の日程を立てるどころか、 旅行についての話題自体出てこない。

 次にまとまった休みがもらえるのはいつになるだろうか、とニルノは壁の、仕事の予定で埋め尽くされた大きなカレンダーを 眺めながら考えた。きっともうすぐ社会部に異動になるだろうから、 そこで認められるようになるまで、最低一年は無理かもしれない。

「口が苦くなったでしょ。甘いものあるわよ」

 ニルノの表情を見たアイが、紙袋から小さな缶を取り出す。

「友達にもらったの。エトウル湖の羊牧場へ行ったお土産ですって」

缶の中身は、羊の形をしたクッキーだった。一枚もらい、ニルノは口の中に入れた。

「なんか変わった味だね」

「羊のミルクを使ってるからよ」

缶のラベルを確かめながらアイは答え、「そう言えば」と思い出したように続けた。

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