「ルツさんたち、元気にしてるかしら」

 ニルノはゆっくりとクッキーを噛んだ。

「小学生の娘さんもいたし、もうこっちに帰ってきているかもね。 もうすっかり、世間の『人間農場』熱も冷めたし」

頬杖をつくと、どこか遠くを眺めるような、寂しいような視線で、アイは呟いた。

「……皆あんなに議論してたのに、結局、ルツさんの言った通りになったわね。今じゃ皆、口を開けばユニコーン号沈没事件のことばっかり――」

アイは軽くため息をついた。

「何だか切ないわ。せっかくあなたが問題提起をしたのに。 レインみたいな被害者だっていたのに、それが日めくりをめくるみたいに、後ろに追いやられてしまうなんて」

 仕方ないよ、とニルノは掠れた声で呟いた。

 すると、アイは頬杖をついたまま、アーモンド型の目をこちらに向け、微笑んだ。

「けど、下火になってしまっただけで、火種はちゃんと残ってるはずよ。あなたが書いた記事も、レインが受けた被害も、 決して無駄にはならないわ。そんなこと、世間が許しても、私が許さないわよ」

 まるでこのソファを包む陽だまりのような、どこにも陰りがない。 初めて会った時から、天使のようだと思っていた笑顔。

 ニルノの口の中で、中途半端に噛まれたクッキーが、舌に残った苦味と共にゆっくりと溶けていく。

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