ニルノが持っている、ワルハラでの出生証明書は、偽物だ。周りにはワルハラ南部の出身と言っているが、勿論嘘だ。 彼が本当はアンブル人で、三年前にワルハラに密入国してきたということを知っているのは、ワルハラでは、アイしかいない。

 アイには何もかも話した。
 ジャーナリストで地下活動家だった父は、アンブルの秘密警察に逮捕され、そのまま帰ってこなかったこと。 そのことをきっかけに、ちょうどその頃再会した同窓生のタキオと共に、アンブルを脱国したこと。 グールからの解放を信じて戦った父の意志を受け継ぎ、新聞記者になったこと。


「けど俺は、結局……」


 しかし結局、自分に、何が出来た?

 自分の望む記事が書けるよう、社内で必死に努力し、ようやく望むものが書けたと思ったら、 一人の少年とその家族を苦しめた。挙句、起こした狼煙は、次から次へと起こる事件と話題の中に、あっという間に埋没していった。


 ペンは剣よりも強し、の言葉を信じて、戦った。
 けれどもう書けない。ペンが折れたからではない。 ペンを握る手が、力を失ってしまった。




 だからもう、一緒に行くことは出来ないのだ。
 タキオと一緒に、行くことは。




『そうか』

 と紫色に染まっていく空の中で、ニルノの告白を聞いたタキオは、ただ静かに、笑った。

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