彼が、ロミと機関部に向かう途中、落とした見取り図を拾ってくれたパーサーであることに、ニルノはすぐ気がついた。

「こちらの方を、先に通してさしあげてください」

白杖をついた客を腕に掴まらせ、若いパーサーは必死に叫ぶ。顔を歪ませ、必死に群集を掻き分けようとしている。その顔は青い。 青いが、懸命に世話係としての務めを果たそうとしている。

 彼がもしあの時、好奇心に駆られ、拾った紙の中身を覗き見ていたら、とニルノは思った。


 彼は自分たちのことを不審に思ったかもしれない。そうしたら、こうして船が沈むことも、なかったかもしれない。

 ここで命が助かっても、彼はユニコーン号での仕事を失う。彼だけではない。避難の指示を出す航海士たち、 懸命に救命ボートを下ろす船員たちも、皆。

 皆、立派に、慇懃に、己の務めを果たしただけなのに。


 ニルノは一言も、声を発することが出来なかった。

 レトーの海岸警備隊に救助され、岸に着いた時には、宵闇の空は薄紫色に染まっていた。タラ島の港は救急車とパトカーの赤いサイレン、 そして押し寄せたマスコミのフラッシュで埋め尽くされていた。

 多くの人々は抱き合って無事を喜んだが、ニルノたちにそんな暇はなかった。急いでこの場を抜け出さなくては、密航者であることが ばれてしまう。
 この混乱の中で警官やマスコミの目を掻い潜るのは、そう難しくはなかった。

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