オリザは咄嗟に片方の手で階段の手すりに掴まり、もう片方の手に力を込めて、アリオの腕を掴んだ。 死体のようにぐんにゃりしたアリオの体は、今や地下へ続くトンネルと化そうとしている下の階段を、 ずるずる滑っていく。オリザの腕に、ずしりと彼の重みがかかる。

「手すりに掴まれ!」

オリザは怒鳴った。

「横転するぞ!」

自分で何とかする気がないなら手を離すからな、と脅しかけたところで、ようやくアリオは自ら腕を伸ばした。宙吊りにされた蜘蛛のように、 骨ばった細い腕は、二、三度、虚しく宙をかいたが、何とか階段の手すりの下部を掴んだ。

 幸いなことに、横転は六十度程の角度で止まった。

「いいか、手を離すぞ」

オリザはそう言うと、アリオから手を離し、両方の手で階段の手すりを手繰り寄せるようにして、今やほとんど垂直にそそり立つ階段を 登り始めた。アリオも観念したのか、泣きべそをかきながらついてくる。

「大丈夫、甲板はもうすぐそこだ」

 そうでなければ、体力のないアリオは途中で力尽きていただろう。
 甲板までは、あと階段一フロア分上ればよかった。 オリザは階段を上り詰めると、閉まっていた鋼鉄の扉を、右腕の銃で吹き飛ばした。

 途端に、どうと風が吹き込んだ。晩夏の夕暮れに吹く、ほんの少し涼しい風。そして、黄金の夕日。

 オリザは思わず目を細めた。
 そして甲板の上に上がると、アリオに手を貸し、息も絶え絶えな彼を引っ張り上げた。

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