エッダが取り上げたのは、小さな黄色い封筒だった。表には、クレーター・ルームの象徴とも言うべき巨大樹、オーツの切手が貼られている。
 その下の、見慣れた字を見たレインは、いつも沼地のような漆黒の瞳を、輝かせた。手紙を奪い取りたい衝動を抑え、レインはじっと、 エッダが封筒を破くのを見つめた。

「一昨日電話した時、庭の写真を送ってくれるって言ってたのよ。ああ、これがそうだわ」

 封筒から取り出した写真を感心したように眺めていたエッダは、レインの視線に気がつくと、こちらに写真を渡してくれた。 レインは写真を見下ろした。

 懐かしい、ルツの家の屋上の庭だ。白黒写真だが、色どころか匂いや空気まで、感じられる気がする。
 屋内に光を入れる半球形の天窓を中心に、ぐるりと芝生が張られた四角い屋上。柵の下の花壇に植わる、 薄紅色から葡萄色までの秋桜や、色とりどりの紐を束ねたような菊、背の高い千日草、白く清楚な釣鐘人参。

 そしてその前で、ルツとマリサが、笑っていた。

 レインは写真を、穴が開くほど見つめた。

 見慣れた庭、見慣れた二人の笑顔。

 それなのに何故か、全く心が動かない。まるで、騙し絵を見ているような気分だ。心が動くどころか、どこかチグハグにずれていく感覚が、 少しずつ広がっていく。

 ルツに出会ったばかりの頃、電話口でタキオの声を聞いた時も、こんな感覚だった。
 レインは黙って、写真から目を逸らした。

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