後は、切手だけだ。こればかりは自分で用意出来ない。後でエッダから貰おう。

 レインは封筒を枕の下に入れ、窓の外を見た。人間も犬もいない。トラックの荷台は空で、庭は何事もなかったかのように、 静まりかえっている。
 遠くへ目をやると、放牧場で羊たちの群れが、特殊な菌類のように蠢いていた。その背後の森がますます赤く燃えているのを見たレインは、 牛にブラシをかけてやる時間だ、と気がついた。

 階段を降りて台所の側を通る時、思わず涎が出そうな良い匂いが、鼻腔をついた。レインは思わず立ち止まり、胸いっぱいに 匂いを吸い込んだ。肉の焼ける匂いだが、牛でも羊でもない。
 鹿の肉だ、とすぐに見当がついた。 今まで鹿の肉を食べたことはないが、それでもこの、品のある臭みとでも言うべき匂いは、 否が応でも美味なる皿への想像を駆き立たせる。

 一体どんな味がするのだろう、と考えながら、レインは厩舎に入り、牛にブラシをかけていった。

 しばらくすると、再び、犬の吠える声がした。

 セムが学校から帰ってきたのだろう、とレインは思い、ブラシをかけ続けた。

 ルツたちが戻って程なく、セムの中学校も二学期が始まり、彼が家にいる時間はずっと短くなっていた。
 セムが通う中学校は、バスと徒歩で片道一時間、山一つ越えた隣町にある。その上野球部の練習があるので、一日の大半は家にいない。
 セムがいなくなった分レインの仕事量は増えたが、レインはそのことを特別苦に思わなかった。初めの頃に比べればずっと 筋肉も体力もついたし、何より、しょっちゅうセムに小突かれなくて済むのは、歓迎だった。

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