と、そこで、どん、と言う大きな音と共に、レインは前のめりにすっ転んだ。 痺れを切らした牛が、レインの背中に頭突きしたのだ。

 骨が折れたかと思うような衝撃があった。背中をさすりながら、レインは立ち上がった。

 再び窓から外を見てみると、父親はホイールローダーの運転席に戻り、セムは学ランを脱いで柵にかけ、放牧場へ入っていくところだった。 夕日に照らされ、二人の姿は影絵のように見えた。

 レインはしばらく外を眺めていたが、やがてもう一度牛に催促されない内に、ブラシを取り上げた。

 自分の足で、第二都市まで帰れるだろうか、と、ブラシをかけながらレインは、出来もしないことを夢想した。
 リュックを背負って、真夜中こっそり家を 抜け出し、丘を越えていく。あの赤錆だらけのトンネルを抜け、クレーター・ルームの川べりに建つルツの家へ、帰る。
 実現出来れば、どんなに良いだろう。けれど現実的に不可能であることは、分かりきっている。

 それに、そんな力が自分にあるのなら、本当に帰りたいのは第二都市ではない。

 レインは小さく息を吐き、厩舎の空気を吸い込んだ。牛たちの体臭と、糞尿の匂い。良い匂いではないが、何故か気持ちが、 落ち着く匂い。

 牛は、レインの胸中などどこ吹く風と言う表情で、前を向いている。レインはブラシをかける手に、力を込めた。

 出来ることなら、農場を出て、森の深くへ行きたい。決して人間は立ち入ることが出来ない、不思議な火がちらつく、森の奥に。

 けれど長い猟銃は、どこまでも伸びて、獲物を殺す。
 そして何より、自分もまた、猟銃を握る人間の一人なのだ。

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