ユーリはぎょっとして、花を見下ろした。

 ワルハラでは見たことがない花だ。葉がなく、太く伸びた茎の上に、変わった形の紅の花が 咲いている。言われてみればその花びらは、炎に燃やされている途中のように、不気味によじれ、不吉に見えないこともない。

「死体の上に咲く花なのよ。だから茎に毒があって、長く群れの中に立っていると、死んじゃうの」

「死体って……」

 タニヤは淡々と言った。

「五重塔の上から身を投げた女や、客同士の諍いで殺された男。流産させられた赤ちゃんとか、色々よ」

 ユーリは慌てて花の群れの中から出た。そうして振り返ってみると、タニヤの姿はもう、どこにもなかった。あたかも、秋の陽光が見せた、 幻のようだった。ユーリはぼんやり、花の上を飛ぶ蜻蛉を眺めた。そして籐の籠を抱え直すと、タニヤが去っていったのとは別の方向から、 五重塔の中へ戻っていった。

 それからユーリは、夜の開店に向けて、忙しく立ち働いた。

 ユーリの現在の仕事場は、厨房だった。客の前に出るとどうしても反抗的な表情になってしまうので、上から持て余されていたところで、 ザネリの下で鍛えた料理の腕が買われたのだ。

 特別料理が好きなわけではないし、厨房でも殴られるのは相変わらずだったが、ユーリはこちらの仕事の方が、 何倍も好きだった。
 厨房では、全ての客に共通して出す通しから、常連が特注するメニューに載っていない品まで、あらゆる料理が、夕方から 翌朝まで休みなく作り続けられる。エプロンをつけた五人の男が、ある者は透ける程薄く切った刺身を花形に皿に盛り、 ある者はフライパンにワインを注いで、めらめらと火を立ち昇らせる。

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