先のコックがやってきて、呆れたように言った。

「たったこれっぽちか?」

「残りは全部毒だ。疑うなら、自分で食ってみろよ」

コックはじろりとユーリを見たが、結局試食はせず、ボーイを呼んだ。ボーイは急ぎ足でやってくると、 赤い皿の中央にちょこんと盛られた刺身を盆に乗せ、ホールへ戻っていった。

 それから数十分ほど、何事もなく過ぎた。ユーリは盛り付けの仕事に戻り、忙しく働いた。
 と、先のボーイが現れ、ホールの方へ顎をしゃくった。

「客が、捌いた奴を連れてこいってよ」

太鼓腹のコックが、嬉しそうな顔でこちらを見る。

「お? 死んだか?」

痩せぎすのボーイは面倒臭そうに頭を振った。ユーリは嫌な予感しかせず、断ろうとしたが、ボーイは有無を言わせなかった。結局ユーリは エプロンを外し、コックのにやにや笑いに見送られながら、厨房を出て行った。

 久々のホールは、何も変わっていなかった。あちこちのソファにしどけなく座る女たちと、彼女たちという花に絡められた虫のような、 男たち。酒と香水と煙の匂いは、久々に嗅ぐと、いっそう強烈だ。

 どこでどう捌き方を間違えたのだろうか、と悶々としながら歩くユーリは、その、中の植物が枯れて饐えた臭いを放っている、 温室のような一角に、異様な空間があることに、すぐに気づかなかった。

 先導するボーイが足を止め、はっと顔を上げたユーリは、雷に打たれたように立ち尽くした。

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