広いホールの四方の壁には、一連の絵になるように、酒池肉林に耽る人間そっくりの神々の姿が、暗い色彩で描かれていた。
 その一角、雄牛の角に長い髪を引っ掛けられ、地面に引き倒されている娘の絵の下に、忘れるはずもない男がいた。

「この魚はイジドールの海でしか獲れない、珍しい魚でな」

 膝に肘をつき、組んだ両手の上に顎を乗せ、男は低い声で言った。

「ここで捌き方を知っている人間がいるとすれば、それはイジドール人か、イジドールで暮らしたことのある人間である可能性が、極めて高い」

 口髭の下の唇が、青白い顔全体を裂くように歪む。
 香料を焚いた赤いランプが、かまどの炎のように、顔に深い影を作る。

 痛々しい唇の縫い跡の下から、金色の差し歯がむき出しになる。

 あの夜と同じように、ユーリは彼を見つめたまま、身動きも出来なかった。

 特徴的な制服も、半月刀も身につけていない。しかし、頬からこめかみにかけて、どことなく狂気じみた物を感じさせるその顔は、 忘れもしない。玉虫色に映る影と、血と、銃口。

「この魚は、俺が釣った。イジドールの海でな。どうだ、上手く釣り上がっただろう? 魚も、お前も」

 そう言って、イジドールでユーリたちを襲った男は、さも得意げに笑った。

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