彼はごくごく平凡なシャツにズボンという格好で、壁に背をつけたソファに腰かけていた。
 そしてテーブルの角を挟んで隣の席には、背の高い若者が座っていた。男の蝋のような肌とは対照的な褐色の肌をしており、刈り込まれた頭は形良く、 首が長い印象だ。頭痛に耐えているような表情で、眉間に皺を刻み、鋭い視線をこちらに向けている。

 低いテーブルには、ブランデーの瓶とグラス、空の皿が置いてある。二人の様子に特別変わったところはない。息抜きをしに来た上司と部下、といった雰囲気だ。
 それでも彼らの席が周囲から異様に浮いているのは何故かと言えば、席に女が一人もいないからだった。

 周囲の客や女は好奇の目でこちらを見るし、ユーリを連れてきたボーイも、奇妙な客だ、という顔をしている。 しかしそれらを無視して、トーベは言った。

「座りたまえ」

 若者が立ち上がり、自分の席を空ける。

 ユーリは勿論、今すぐにでも逃げ出したかったが、そんなことが出来るはずもない。
 落ち着け、とユーリは自分に言い聞かせた。少なくともここは、周囲の目がある。いきなり殺されたりはしないはずだ。

 若者の刺すような視線を浴びながら、ユーリは空いた席に座った。若者はトーベの向かいに、通路に背を向けて座った。ユーリの席は後ろに 透かし彫りの衝立が置かれているので、コの字に囲まれた状態になった。

 手を伸ばせばトーベに触れられるまでに接近し、ユーリの心臓が、破裂せんばかりに膨張していく。
 ボーイを下がらせると、トーベは硝子玉のような目で、こちらを正視した。

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