イオキが水槽から少し離れた場所で待っていると、間もなく、一人の少年が、手渡されたばかりの濡れたビニール袋を握って、 こちらに走ってきた。

「あんた、走るんじゃないっていつも言ってるでしょ! 転んで中身溢したらどうするの!」

「そんなヘマしないやい」

 少年は生意気な口調で言い返すと、ネットで仕切られた水槽の、一番大きな区画に、勢い良くビニール袋を放り込んだ。そのままUターン しようとする少年へ、イオキは急いで足を踏み出した。

「あの」

 少年は振り向いた。そしてすぐに、目を丸くした。

「お前、テッソ先生んとこの」

女たちが顔を上げ、一斉にこちらに注目する。囁きが湧き起こる中、イオキは黙って、 紙袋を少年に差し出した。少年は怪訝な顔で紙袋を受け取ると、中身を見て、「げ」と声を上げた。

「宿題じゃん。何だよ、俺、どうせ今日宿題やる暇ないから、わざと置いて帰ったのに」

「先生が、宿題は、ちゃんとしなさいって」

 イオキは小さな声でそう言い、すぐに踵を返した。少年は紙袋を手に、しばらくその後姿を眺めてい。が、 突然走り寄ってきて、イオキの肩をぐいと掴んだ。

「おい待てよ」

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