咄嗟に振り払おうとしてイオキは思い留まり、のろのろ振り向いた。

「お前、警察には話したのかよ」

「……何を?」

相手の顔を見ないまま低い声で尋ねると、少年は鼻を鳴らした。そして不意に、大声を上げた。

「おーい、お巡りさん!」

 イオキはびくっとして逃げ出そうとしたが、少年は手を放そうとしなかった。二人は揉み合いになった。

 背丈はほとんど同じだが、いかにもか弱げなイオキに案外、力があることに、少年は驚いた。
 ――勿論その気になれば、少年の首をへし折ることなど、グールであるイオキには容易いことだ。しかし、ミトにしっかり力を制御されて育った為、 理性の箍が外れて暴走しない限り、そんなことが出来るとは夢にも思わない――
 早くも少年が負けそうになったその時、イオキが足元の岩に足を引っ掛けて転び、形勢逆転した。その時にはもう、湖の縁からこちらを 窺っていた他の子供たちが、二人を取り巻いて、囃し立てていた。その声に押されるようにして、少年は仰向けに倒れたイオキに馬乗りに なると、殴り始めた。イオキは逃げようとしたが、組み敷かれた時点で戦意は喪失し、代わりに沸き起こった恐怖が、体を支配して動けない。

「止めなさい、止めるんだ!」

 耳をつんざくような警笛が、洞窟内にこだまする。警官が一人、子供たちの輪に突っ込んでくると、少年をイオキから引き剥がした。

「一体何があったって言うんだ」

警官の問いに、鼻血を垂らしながら、少年はイオキに指を突きつけた。

「お巡りさん、こいつだ! こいつが、墓を荒らして死体を喰ってる、鬼なんだ!」

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