イオキはそこで、自分の指を齧っていることにはたと気づき、指を口から出した。

 見ると、転んだ時に切った指の傷は、 早くも塞がりかけていた。指の傷だけではない。顔面の痛みは消え、殴られて狭くなっていた視界も、徐々に開けつつある。

 幼い頃、薔薇の棘で指を切るとミトが舐めてくれたことを、イオキは思い出した。あの時、ミトの唇から離された指先は、 すでに傷跡も無く綺麗に治っていたことを。
 それは、自分がグールで、人間の肉を食べていたからなのだと、今なら分かる。 人買いザネリに囚われていた間、その再生能力は格段に落ち、鎖で擦れた足首の傷はいつまでもぐずぐずと痛かった。 けれど今では、その再生能力も、回復しつつある。

「嘘つき」

 重い腰を上げて二階へ行き、小さな物置部屋から薬箱を取り出すと、イオキは隅に置いてあるパイプベッドに腰掛けた。

「嘘つき、嘘つき、嘘つき」

低い声で呟きながら、不器用な動作で、治りかけている目の上にガーゼを貼り、傷の塞がった指先に絆創膏を貼る。

 そうして物置を出て、向かいの、ドニが寝ている部屋に入り、台所の曇った鏡に顔を映すと、醜い顔が映った。

 嘘つきの顔。人喰いの顔。こそこそと人から隠れ、寄る辺も無く放浪する、獣の顔。

 涙の跡で黒くなった顔が、透明な膜の向こうで滲む。
 と、背後から、ドニのくぐもった声がした。

「イオキ、泣いてるの?」

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