違う。ここは、『人間農場』の檻の中じゃない。

 レインは首を振って自分に言い聞かせると、リュックから桃色の飴玉を取り出し、口に入れた。 リュックには、自分の荷物以外に、エッダが作ってくれた弁当が入っている。朝食を食べたばかりで、もう弁当を食べたくなるが、 そこはぐっと我慢する。

 蟻塚状の、床も屋根もない建物の内側は、小屋と言うより、小さな塔の中にいるようだった。外は、しとしとと小雨が降っていた。
 長袖のパーカーを着た背中を石の壁に預け、レインはしばらくの間ぼんやりと、雨の降る音や羊の声、 草いきれの香りや、錆びた農耕機の上に雨漏りが落ちる様子などを、眺めていた。

 と、遠くで、犬の吠える声がした。次いで車の音、そして賑やかな人間の声が聞こえた。

「うわー、広ーい!」

「見て見て、羊がいるよ! 可愛いー!」

 レインは首を捻り、石の隙間から、外を見た。

 羊たちの向こう、家の庭に、カラフルな傘の群れが見えた。レインは目を凝らし、素早く傘の下の人数を数えた。大きなバッグを肩から提げた 若者が五人。内二人は女だ。

「お前ん家、凄いな。俺、農家って初めて来た」

「私もー。あ、庭に鶏がいる! 農家っぽい農家っぽい」

彼らの中心で、セムが、ぶっきら棒だが照れたような笑みを浮かべている。家では見せたことのない表情だ。 自分より背の高い上級生や、女子に囲まれたその姿は、普段よりずっと幼く、年相応に見える。

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