しまった。弁当を、全部食べてしまうのではなかった。

 レインがそう思った時には、もう遅かった。レインの口元は米粒で汚れ、アルミの弁当箱は見事に空になっていた。 まあいいや、と気を取り直して弁当箱の蓋を閉めながら、レインは思った。リュックの中にはまだ飴玉がある。水筒の水も、 残っている。

 空の弁当箱を脇に置き、レインは小屋の隙間から差し込む月明かりを頼りに、リュックの中身を確認した。ルツの家から持ってきた物は、全部この中に入っている。 着替えやタオル、歯磨きセット、ドリルや筆記用具、挿絵の多い本。それに、まだ切手を貼っていない、エッダの家で書いた手紙。 小さな青いリュックはそれで一杯だった。元々、弁当箱と水筒は、この小屋で過ごすに当たってエッダが用意 してくれた物だが、水筒だけ借りていこう。水筒は、リュックのサイドポケットに納まった。

 それから狭い空間の中で苦労して布団を畳み、畳んだ布団の上に乗って、レインは石の隙間から外を見た。

 雨上がりの夜は、肌寒かったが、すっきりとしていて、気持ちが良かった。洗われた空気の向こうに見る月は、まるで純円の鏡のように 輝き、夜空と地上を蒼く照らし出していた。虫が鳴き、柔らかく湿った草の匂いがした。完璧な、秋の夜だった。

 牧場の向こうの大きな茅葺屋根の家に、明かりが灯っているのを、レインは見た。時計は無くても、家から漂ってくる夕餉の香りで、 大体の時間は分かる。耳を澄ませると、窓が開いているのか、若い笑い声が幾つも重なって聞こえてくる。
 食べ盛りの中学生が集まった夕餉の席、そこに盛られた皿の数々を想像して、レインは思わずため息をついた。

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