「いねえよ」

 低い声で、セムは言った。
 え? と少女は聞き返した。

「だから、そんな奴、いねえっつってんだろ」

 少女の顔が、再びぽつ、ぽつ、と降りだしてきた雨の中で、青くなった。
 彼女に背を向けたまま、こちらに向かって叫ぶように、セムは声を荒げた。

「悪かったな。俺はそんな、優しい人間じゃねえよ。あんな奴、さっさとどっかへ消えちまえばいい。あんな奴、生きてたって、 周りに迷惑かけるばっかりだ!」

 どんよりと暗いのに、うっすらと明るい、黄色みを帯びた鼠色の空が、不気味な音を立てる。牛が、不安げな泣き声を上げる。

 あっという間にどしゃ降りになった雨は、崩れた小屋の上部から漏れ、レインの頬に当たった。

 家に向かって走り去る少女の後ろ姿、ひどく強張った形相で立ち尽くすセムの姿、それらを見つめながら、どんどん濡れて冷えていく中で、 レインは思った。


 全く、その通りだ。
 俺だって本当は、こんなところに、来たくはなかった。

 あの時、あの緑の瞳の少年の、血となり肉となった方が、よっぽど良かった。


 もうここにはいれらない。フラスコに充満した気体はますます膨張を続け、フラスコを割る寸前まで来ている。
 そんな、予感がする。

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