しばらく沈黙があった。

 ただ黙ってユーリを見つめるザネリの表情は、まるで読めない。取引を考えているのか、 ただ面白がっているのか。

 奥の床の間には白や黄色の菊、薄紫の藤袴が溢れんばかり。 欄間には波間にたゆたう小舟。天井いっぱいに画かれた牡丹の花からは、今にも花弁が零れ落ちてきそうだ。
 美しい襖と芳しい緑の畳が広々と広がるその部屋は、しかし、今や誰にとっても座敷牢に等しい。

 やがて、耐え切れなくなった沈黙を茶化すように、スーラが嘲笑混じりの声を上げた。

「……それであんたは、お家に帰るつもりかい」

「違う」

 素早くユーリは言った。

 続けようとした言葉を、わざわざこいつらに聞かせる理由もない、と最初、ユーリは思った。しかしすぐに、思い直した。
 これは、こいつらに聞かせる為の言葉じゃない。自分自身に、聞かせる為の言葉だ。

 ユーリは静かな声で、皆に聞こえるよう、はっきりと宣言した。

「俺は、タニヤを助ける」

 と、スーラが唐突に、ヒステリックな笑い声を上げた。

「助ける? 馬鹿言うんじゃないよ。折角あたしがくれてやったチャンスをむざむざ逃しておいて、今さら何だい」

「そうだよ」

--------------------------------------------------
[652]



/ / top
inserted by FC2 system