ユーリは痺れるように痛む左手を持ち上げ、ナイフを握る右手に添えた。 そして息を吸うと、真っ赤なオレンジから汁を絞り取るように、両手で、思い切り握り締めた。

「それでもいい。とにかく俺は、タニヤのところへ、行く」

 胸を締め付ける旋律を奏で終えたチェロのように、四人がいる部屋にしばし、言葉の残滓が残る。

 その静寂を真っ先に破ったのは、カトリだった。

「はん、馬鹿馬鹿しい」

ショールで肩を抱き、虫唾が走らんばかりの表情で、カトリは吐き捨てた。

「あんたがタニヤのところへ行って、何がどうなるって言うのよ? あんた、自分が彼女にとって重要な存在だとか、彼女を幸福にする力が あるとか、思ってんの? 大した妄想ね」

 ユーリは少しだけ、うつむいた。そんなこと思ってない、と言い返したかったが、しかし、どこか図星を指されたようで言葉が出てこない。
 代わりに、ようやく呟いた。

「今俺が思っていることを、タニヤに伝えたい」

 カトリは舌打ちし、なおも言い募った。

「こんな、くだらないことにあたしの時間を消費しないでくれない。人買いザネリは、一般市民と取引なんか、しやしないわ」

「しかし実際、イオキの行方を知っているのは、こいつだけだしなあ」

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