「キリエさん見てください、この記事」

 テクラは薄っぺらな新聞を片手に、興奮した面持ちでキリエの元に駆け寄った。車の後部座席で爪を磨いていたキリエは、いかにも 五月蝿そうな一瞥を、ちらりとくれた。後部座席の窓から中へ身を乗り出し、テクラは新聞を広げた。

「これ、さっき会った行商人から仕入れた、ユーラクの新聞です。ちょっと前の号ですけど。ほらここ。『ユーラク第六都市で大火災。ミト領主代理の陣頭指揮に、国民は感銘を受ける』ですって」

 キリエは無言でヤスリを膝の上に置くと、新聞を受け取り、読み始めた。その真剣な横顔を眺めながら、窓枠に肘をつき、 テクラは嬉しそうに言った。

「ワルハラで森林火災が発生すると、領主様はいつも最前線に立って、指揮を執られるじゃないですか。時には自ら救助活動に参加したりして。 ユーラクでも同じことをしただけなんですけど、ユーラクの人たちには、すごく新鮮に映ったみたいですね!」

「それはそうだろう」

運転席から、トマがぼそっと言う。

「そんな風に率先して国民を助けようとする領主は、他にいない」

新聞を読み終えて返してくるキリエに感想を期待して、テクラはわくわくした瞳で見つめたが、結局彼女は何も言わなかった。 がっかりしていると、トマが尋ねてきた。

「火災の原因は?」

「え、いえ。それは書いてないです。ただ、現場は化学工場地帯で、化学薬品による爆発が凄かったみたいですよ。街一つ丸々崩壊して、 住民の死体も、ほとんど回収出来なかったって……」

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