イジドールの港で、ユーリを知る漁師に出会えたことは、テクラたちにとってまさに僥倖だった。 恐らくは、「あの夜」のことを話してはならない、と言う暗黙の了解がイジドール人たちの間にあったにも関わらず、 漁師は快く、己が目撃した光景を話してくれた。

 真夜中、『王の牢屋』から飛び出してきたユーリが、美しい子供と共にボートに乗り、海へ出て行ったこと。 その後から狐目の男と醜い小男が飛び出し、彼らを追うように、秘密警察の制服を着た男たちが出てきたこと。 夜の町に何発も銃声が鳴り響いた。狐目の男と小男がどうなったかは分からない。翌日、秘密警察は野犬のように町を嗅ぎ回り、 ユーリがボートで海に出たことを知ると、町から姿を消した――

 潮の流れを読めば、ボートがエイゴンへ流されたでであろうことは、容易に推察出来た。すぐさま予測される漂着地点へ 向かおうとしたレッド・ペッパーだったが、そこで一悶着起きた。一旦イジドールを離れ、隣の三十六市から陸路でエイゴンへ入ろうと 主張するグレオに対し、トマが、ユーリたちと同じ海路を使うべきだと主張したのだ。

『それは危険だ、ボス。この海域には、エイゴンやユーラクの国境巡視船が多い。捕まって俺たちの正体がばれたら……』

『出来るだけ緻密に標的の行動を追った方が良い。そうしないと知らない間に道から逸れていくし、それに、 途中でどんな手掛かりがあるかも知れない』

 果たして、トマの主張は正しかった。

 イジドールの港を出発したテクラたちが出会ったのは、巡視船ではなく、エイゴンの大型漁船だった。 釣り人を装い漁船の乗員と接触したテクラたちは、そこで、数週間前に、彼らが海底から一人の子供を引き揚げたことを知った。

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