車の音がして、トーベは咄嗟に岩肌にへばりついた。後ろからついてくるユタも、同じようにした。

 全身の筋肉を漲らせたまま、頭だけ僅かに動かして下を見ると、車のライトが見えた。
 それでトーベは、 山道入り口より遠く離れた場所から山に入った自分たちが、いつの間にか山道近くまで来ていたことを知った。
 音と光はこちらに近づいてきたが、すぐにカーブを曲がって、消えた。 こちらに最も近づいた一瞬だけ、その車が二台のパトカーであること、前の車の運転席に乗っている警官が随分小柄であること、が見えた。

 辺りに静寂と薄暗闇が戻ると、トーベは長く息を吐き出し、両腕を順番に伸ばした。両手で岩肌の凸凹をしっかり掴み、肩を支点に、 体を持ち上げる。
 一度止まってしまったせいか、己の体が一段と重く感じる。汗が体を伝い、秘密警察の制服の中で蒸発し、熱を奪う。 顔を歪めつつ、トーベは頭上を見上げた。


 虹色の光は、こちらに迫りつつある。身一つでシナイ山を登り始めて、一時間程経っただろうか。 ミドガルドオルムまで、後少しだ。


 ――無論、トーベは知る由もなかった。たった今、自分を追い抜いていったパトカーに乗っていたのが、同じように密命を受けてイオキを追う、 ワルハラの諜報部隊であったことを。 一時は同じ空間にまで肉薄したトーベたちに比べ、ずっと遅れを取っていたテクラたちが、とうとう彼らに追いつき、追い抜いていった ことを。

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