「どうぞ」

 と男の声がした。

 重たい扉を開けて中に入るとすぐ襖があり、その手前に、靴を脱ぐ為の小さな空間がある。子供のように小さなサテンの室内履きと、 男物としか思えないサイズのハイヒールが置いてある。それらを見たユーリは、膳を放り出して帰りたくなったが、 嫌々草鞋を脱ぎ、襖を開けた。

 開けた途端、部屋に充満する甘ったるい煙で、咽そうになった。広い畳の部屋の中央には、二人の人間が座っていた。 一人は女主人のスーラ、もう一人はユーリが見たことない、濃い化粧の、大柄な女だ。
 着物風の柄のドレスに、毛皮で縁取ったニットのショールを羽織った女は、 肘置きを使ってだらしなく畳に足を投げ出していたが、ユーリを見ると「あら」と声を上げた。

「若い子入れたの」

 紛れもない、男の声だ。ユーリは俯き加減に目を合わせないようにしながら、彼―― 彼女の前に膳を置き、さっさと帰ろうとした。
 しかしそこで、銀糸入りのギラギラする黒い着物を着たスーラが、煙管を唇から離した。

「ご挨拶しな。この人はね、エイト・フィールドが一つ『蟻』のボス、カトリだよ。エイト・フィールドの名前くらい、聞いたことあるだろう」

 エイト・フィールド。蟻。

 ユーリは思わず立ち止まり、相手をまじまじと見た。

「この子見てると、思い出すわあ。昔、あたしがここに連れてきた女の子、いたでしょう。丁度、この子と同じくらいの年じゃない?」

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