ザネリはユーリまで後数歩というところで、止まった。
 片方の目だけが僅かに開くが、背後で腰を浮かせるカトリたちのように、慌てた表情は全く無い。薄い唇が、めくれ上がる。

「馬鹿の一つ覚え、と言うやつだな」

 それが、ユーラク秘密警察との乱闘の時、自分がイオキに対して取った行動のことを指すのだと、ユーリには勿論分かった。 しかし今回は、あの時程、興奮していない。表層は痛みと緊張で熱く脈打っているが、むしろ頭の中心部は、恐ろしいほど冷えている。

 部下を呼ぼうと立ち上がりかけるスーラを、ユーリはもう一度、鋭い声で制した。そして、ザネリの目を見つめ、 はっきりと言った。

「取引しないか」

 ザネリは爬虫類のような表情で、じっとこちらを見ている。

「イオキの行方を教えてやる。けど、タダじゃない」

ユーリは息を吸い込み、首筋で震えるナイフに、力を篭めた。

「百万だ。取引代百万で、俺を『夢滴楼』から解放しろ」

 はあ? とザネリの背後で、カトリが声を上げた。

「あんた、何わけの分かんないこと言ってんの」

「タニヤの身代金が百万だったんだ。俺の身代金だって、それで十分だろう」

わけが分からない、と言うように肩をすくめてみせるカトリの横で、スーラは見たこともないような形相で、黙っている。

「取引に応じないなら、今俺はここで死ぬ。イオキの行方は、もう絶対に分からないぞ」

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