テッソの顔色が変わった。

「馬鹿を言うな。お前は治る。何度言えば分かるんだ」

 叩きつけるように鋭く切り返すと、握り直した匙を口元へ近づける。

「ほら、食べるんだ」

 しかしドニは、唇を閉じた。その目はすっかり顔の肉に埋もれ、胸の内を瞳に読み取ることも叶わなくなっていたが、それでもそうして 口を噤んだ表情は、不思議と穏やかに見えた。

「僕ね」

 とややあってドニは、遠く口笛が鳴るような声で囁いた。

「僕もう、生きていたく、ないよ」

 テッソの手から、匙が落ちた。赤黒いスープの中身は、ドニの肉の山を伝い、テッソの白衣を汚したが、彼は気づかなかった。
 テッソはほとんど掴みかからんばかりに、息子に顔を寄せ、囁いた。

「諦めるな。どんなに生きることが苦しくとも、生きてさえいれば、希望がある。未来に幸福がある」

 ドニは「うん」と呟いた。吐いた息に、静かに、死臭が混じった。

「父さんの、言葉、信じて、僕、頑張ったんだよ。運命に負けちゃ、駄目だって。
 でも、信じて戦っても、どうにもならないことだって、あるよね。
 人間は、鳥になれないし、狼は、人間になれない。この町も、いつまでも、キラキラ光る町じゃ、いられない。
 出て行った母さんも、きっともう、二度と、帰ってこない」

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